西下外語教室

日本語を母国語とする学習者の立場に立って、外国語取得のコツを伝授しつつ
徹底的に指導いたします!

2006/03/20

外国語というもの:「やさしい」と「むずかしい」について

 言語を一通り使えるようになるまで習得するというのは、決してやさしいことではない。それは外国語だけではなく、自国語も含めてだ。今ここで、この記事をご覧になっている方は私も含めて大多数日本語が母国語という前提で話を進めるが、「日本語ならなんとかなる。外国語は難しい。日本人だから日本語が出来るのは当たり前だ」という意見を良く耳にする。
 しかしこれは違うのである。「日本人だから日本語が出来るということをよく考えてみよう。日本人の両親から、日本という国で生まれれば自動的に日本語能力が遺伝されるわけではないのである。人によって個人差があるが、言語活動は大体2才頃から始まるといわれる。
 しかし、それ以前からも主として親の言動を模倣する形で学習を開始している。以後は簡単な意思疎通と相手意思の理解ということを繰り返し行うことによって形成されていく。やがて幼稚園から学校というように集団生活を体験するにつれて、吸収する情報量も表現するチャンスも飛躍的に拡大する。さらに映画やマスメディア、読書などからの知識、学校での勉強を通じ平均して20才頃までに言語能力が一応完成する。
 日本で生活している限り「日本語」の環境が普遍的にあるのだから普通はあまり意識的な努力をしていないように感じるが、実は気が遠くなるように大変な学習活動と反復練習の末に日本語能力を身に着けているのである。言うまでも無くそれ以後も「日本語の勉強」は、果てしなく続く。
 外国語の習得も、原理は全く同じでこの過程を行えばよいことになる。日本では特にそうだが、ごく稀に生まれた時から2つ以上の言語形成環境に恵まれているケースもある。 しかし、多くの場合母国語となる言語能力の基盤がある程度できてから外国語の学習をスタートするのが普通である。その国の事情や教育制度などによって少しずつ異なるが大体中学生頃から始め、さらに必要に応じてそれ以外の外国語(大学における第二外国語なども含む)にかかることになり、当たり前のことだがその間、当人は同時進行で心身が成長している。
 ここで表題に戻るが、ゼロの状態つまり赤チャンに自分を戻すことが、まず「むずかしい」。特に、発音については人間の習性的な部分で、どうしてもそれまで身に着けた「慣れた」もので近似する傾向がある。その結果、正確な音韻体系が形成されないことが多い。
 外国語能力の指標として、発音さえキレイで正確ならそれでよいということは無論ありえない。しかし、構成要素として語句,文法などは途中でいくらでも矯正が利くが、発音のような肉体的反射みたいなものは時間が経つほど直りにくく、ナマッタまま固定されがちなのである。
 音声学や音韻論といった領域に深入りするつもりはないが、分りやすい簡単な例を挙げてみる。日本でいちばん身近な外国語は言うまでも無く英語だが、日本語の「はい」はなんと言いますかに対してYes(イエス)、これはまあいい。
 問題はその反対の「いいえ」である。英語の素養があまり無い、たいていの日本人はNo(ノー)と答えるが、私がもし初歩学習者を指導する立場ならここでマッタをかけるところだ。音韻体系の相違というまでも無く、英語なら強いてカナ表示すれば「ノゥ」となる。難しく言えば二重母音ということになる。
 ところが日本語の音韻体系にはこの区分は無く、短母音と長母音を区別するだけである。したがって英語のNoに対しては「ノゥ」とはならず長母音の「ノー」として認識、つまり置き換えているのである。
 そしてこれは、日英両語それぞれの音韻の特徴といえる。では英語のNoの正確な発音が、日本語で「ノー」というより特別「むずかしい」のかというと、そんなことはない。
 要するに「慣れていない」だけなのだ。結局、人間は「慣れた」ものは「やさしい」、「慣れない」ものを「むずかしい」と感じるわけである。
 はじめに戻って、自分にとって異なる体系を持つ未知の分野である「外国語」を習得することは楽ではない。しかし、「むずかしい」・「やさしい」といってもそれは所詮比較の問題であり、オリンピックで金メダルを取るようなことは誰でもできる「やさしい」ことではないが、外国語学習は決して「むずかしい」ことでもない。なぜならアナタはすでに十分「日本語」ができるでしょ・・

この記事の著作者:西下外語 @ 13:53    

 

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