<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-22996866</id><updated>2011-12-15T12:08:32.927+09:00</updated><title type='text'>西下外語教室</title><subtitle type='html'>日本語を母国語とする学習者の立場に立って、外国語取得のコツを伝授しつつ&lt;BR&gt;
徹底的に指導いたします！</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/22996866/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>西下外語</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='16' src='http://russiaeigasha.fc2web.com/nishi/myp.gif'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>4</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-22996866.post-576309618130950958</id><published>2011-01-01T00:00:00.004+09:00</published><updated>2011-02-08T16:44:32.825+09:00</updated><title type='text'>ソビエト映画における時間とパフォーマンス</title><content type='html'>クリス・フジワラによる映画表現論&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;連続講義「ソビエト映画における時間とパフォーマンス」&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;アテネ・フランセ文化センター&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;　映画批評家クリス・フジワラ氏による連続講義です。今回は「ソビエト映画の作家」をテーマに、複数の作品からの抜粋上映を交えつつ、映画論を展開していきます。講義の前に関連作品の参考上映も行います。&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;1月21日（金）&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;17:10-参考上映「青い青い海」1935（71分）監督／ボリス・バルネット&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;18:30-講義「ボリス・バルネット論」&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;　ボリス・バルネットの映画は、ソビエト映画の伝統のなかでは非主流派と呼べる立場を代表する。イデオロギーよりは本能と直感に基づき、大きな歴史的事件よりは日常生活のうつろいゆく瞬間をめぐって展開する、普通の人々の身体的、感情的体験に根ざした映画だ。ユートピア的な島を舞台にした三角関係を描く『青い青い海』は、バルネットの叙情性とユーモア、その自由の感覚の典型を見せる。ニコール・ブレネズの言葉を借りるなら、この映画は「身振りの発明の詩情を写し取ることで映画をその起源であるライヴの見せ物へと回帰させる。つまりサーカス、アクロバット、ヴォードヴィルと体操である」。（クリス・フジワラ）&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;1月22日（土）&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;15:40-参考上映「一年の九日」1961（100分）監督／ミハイル・ロンム&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;17:30-講義「ミハイル・ロンム論」&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;　『一年の九日』はいわゆる「雪解け」期—スターリンの死後の十数年間、ソビエトが文化政策の統制を緩和した時代—の最も驚くべき作品のひとつである。この厳格な知性に基づく映画で、主人公の核物理学者は、研究の最中に致死量の放射能を浴びる。映画が進むにつれて、ミハイル・ロンム監督の構図はどんどん極端かつ独創的になり、通常の空間感覚から逸脱していく。その不気味で抽象的な視覚的宇宙のなかに、放射線を浴びた科学者の、自らの「異常な死」をめぐる思索が、決して声高に語られることはないその不安と共に、反響していくのである。（クリス・フジワラ）&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;2月25日（金）&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;16:30-参考上映「わが友イワン・ラプシン」1984（98分）監督／アレクセイ・ゲルマン&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;18:30-講義「アレクセイ・ゲルマン論」&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;　1930年代の設定で、監督自身の父のテクストに基づき、職務熱心だが孤独な刑事が犯罪者集団を追うストーリーは、大粛正の時代の犠牲者たちへの哀歌であると同時に、その時代の生き方と、生き方を感じて語るそのやり方の活き活きとした肖像でもある。フェリーニを思わせる、しかしもっと深刻で暴力的なスタイルで撮られ、ディテールの精確さに妥協しない『わが友イワン・ラプシン』は記憶の映画だ。その物語は自足した流麗な長廻しの、しかし確定しない視点によるワンシーン、ワンシーンの連続で展開する。どの登場人物にも救いも逃げる先もない。それはこの物語の語り部も同様であり、だからこそただ静かに過去を見つめ理解しようとしている。（クリス・フジワラ）&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;■会員制&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;※非会員の方は入会が必要になります（当日入会可）&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;登録料：一般1500円／アテネ・フランセ学生1000円（約1年間有効）&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;■会費&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;１回券800円／3回券2000円&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;■講義は日本語通訳付き&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;■参考上映は日本語字幕付き&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;■会場＆お問い合せ&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;　アテネ・フランセ文化センター&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;　　東京都千代田区神田駿河台2-11&lt;BR&gt;　&lt;br /&gt;　　アテネ・フランセ4F&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;　　03-3291-4339（13:00-20:00）&lt;BR&gt;&lt;br /&gt;■主催　アテネ・フランセ文化センター&lt;BR&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' 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src='http://russiaeigasha.fc2web.com/nishi/myp.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-22996866.post-114312602486902160</id><published>2006-03-21T23:59:00.000+09:00</published><updated>2006-03-26T11:35:16.370+09:00</updated><title type='text'>珍獣、人民飛機服務員に手を出す</title><content type='html'>&lt;B&gt;Народ смотрит на нас&lt;/B&gt;の話&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　昨年開催された愛知万博に先立つこと30数年前、大阪万博の年のことである。当時、ある会社でソ連（現在のロシア）との貿易の仕事に従事していた私は、初めての海外出張でシベリア極東部の都市ハバロフスクへ行くことになった。&lt;br /&gt;　大学卒業から３年ほど経った頃で適当に会社の仕事にも慣れ、ロシア語も国内で必要とする程度は使っていた。しかし実戦経験は乏しい上に、何しろ若かった。&lt;br /&gt;　未だにその傾向があるようだが、少なくても私は決してまじめ・勤勉なタイプではなく、その反対のヤンチャでオッチョコチョイという行動体系を持っている。本来なら学校や入社後身に着けた多少のキャリアを駆使・発揮してハリキルべきなのだが、実際には開放感と好奇心のとりこになり、本当のところ仕事は殆どソッチノケで海外生活を楽しんだわけだ。&lt;br /&gt;　当時まだ日本とハバロフスクを直行で結ぶ定期航空便はなかたのだが、大阪万博来場にソ連国内からやシベリア経由で来日する欧州人客などのために会場に近い大阪（伊丹）空港へ特別のチャーター便を就航させていた。その帰りの便を利用して目的地のハバロフスクへ向かったのである。&lt;br /&gt;　まず、オッチョコチョイの性格が頭をもたげ、機内で担当のロシア人スチュアーデス（今ではキャビン・アテンダントと呼ぶ）に手を出してしまい、しかし驚いたことに現地でのデートの約束にまでこぎついた。&lt;br /&gt;　珍獣がそんなにモテる訳はないのだが、当時のソ連では西欧を含め日本人に対して潜在的にある種のアコガレを持っていた。それになんといっても若かった（？）&lt;br /&gt;　現在の珍獣からは想像もつかないだろうが、時には同嬢の親戚のアパートに招待され、町の花屋で５ルーブル（3000円ぐらいに相当）出して花束を買って進呈、おじさんに当たる人物がアムール川（中国名「黒竜江」）で釣ったコイのバター炒めの手料理を楽しむという幸せなひと時を味わい、やや誇張していえばロマンチックな映画の一場面のような思い出もある。&lt;br /&gt;　また、仕事場である見本市の会場へ先方から訪ねてきたこともあった。&lt;br /&gt;　こうして交際が親密度を増し、終に二人でデートということに...&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;表題のロシア語はその時のことである。この文章そのものは、極めて初歩のロシア語学習者にも容易に理解できるが、ここでロシア語になじみの無い方のため一通りの基本的説明をしておく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;B&gt;Народ смотрит на нас&lt;/B&gt;（ナロート・スモートリト・ナ・ナス：不本意ながら便宜的にカナで発音を記す）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;は、「人民が私たちを見ている」となる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう少し細かく解説すると、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;B&gt;народ&lt;/B&gt;（ナロート）は不特定多数の人の集合体で英語で言えば&lt;B&gt;ｐｅｏｐｌｅ&lt;/B&gt;にあたる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;B&gt;смотрит&lt;/B&gt;（スモートリト）は「見る」という意味の動詞&lt;B&gt;смотреть&lt;/B&gt;（スマトリェーチ）の３人称単数現在形。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;B&gt;на&lt;/B&gt;（ナ）は「～の上に」という意味で多く使われ場所をあらわす前置詞。&lt;br /&gt;&lt;B&gt;нас&lt;/B&gt;（ナス）は「我々・私たち」という１人称複数の人称代名詞&lt;B&gt;мы&lt;/B&gt;（ムィ）の対格形という変化した形だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ロシア語では、日本語で言う「て・に・を・は」の関係を表すのに名詞や人称・指示代名詞そのものが格変化したり、前置詞と組み合わせて表現されるが、使用される前置詞により後続の名詞が要求される格変化をする。&lt;br /&gt;　この場合&lt;B&gt;на&lt;/B&gt;が対格を要求するので、&lt;B&gt;мы&lt;/B&gt;が&lt;B&gt;нас&lt;/B&gt;と変化したわけである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　なお&lt;B&gt;смотреть　на&lt;/B&gt;は「～を見る」という表現の慣用フレーズである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時まだ東西対立の時代で、ソ連はいうまでもなく社会主義体制下にあった。だから&lt;B&gt;народ&lt;/B&gt;という語に「人民」というコンセプトで対応しがちである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　話をもとのイロッポイ状況に戻そう。途中の過程は省略して、夕闇迫る人気の殆ど無いスタジアムの観客席で愛の語らいという展開。激情に駆られてその彼女を抱き寄せようとしたとき、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;B&gt;Не надо,народ смотрит на нас！&lt;/B&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;である。&lt;br /&gt;　補足的に、&lt;B&gt;не надо&lt;/B&gt;（ニェ・ナーダ）というのは本来「要らない」という意味だが、男性が女性に行動を起こしたシチュエーションでは、女性側の拒否を意味する。&lt;br /&gt;　したがって、これは「不要です。人民が私たちを見ています」ではなく、「ダメよ、見えるわ」ということになる。&lt;br /&gt;　その後のことはご想像に任せることにしよう...&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/22996866-114312602486902160?l=nishishitagaigo.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/feeds/114312602486902160/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=22996866&amp;postID=114312602486902160&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/22996866/posts/default/114312602486902160'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/22996866/posts/default/114312602486902160'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/2006/03/blog-post_21.html' title='珍獣、人民飛機服務員に手を出す'/><author><name>西下外語</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='16' src='http://russiaeigasha.fc2web.com/nishi/myp.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-22996866.post-114283043990879004</id><published>2006-03-20T13:53:00.000+09:00</published><updated>2006-03-24T00:05:24.136+09:00</updated><title type='text'>外国語というもの：「やさしい」と「むずかしい」について</title><content type='html'>　言語を一通り使えるようになるまで習得するというのは、決してやさしいことではない。それは外国語だけではなく、自国語も含めてだ。今ここで、この記事をご覧になっている方は私も含めて大多数日本語が母国語という前提で話を進めるが、「日本語ならなんとかなる。外国語は難しい。日本人だから日本語が出来るのは当たり前だ」という意見を良く耳にする。&lt;br /&gt;　しかしこれは違うのである。「日本人だから日本語が出来るということをよく考えてみよう。日本人の両親から、日本という国で生まれれば自動的に日本語能力が遺伝されるわけではないのである。人によって個人差があるが、言語活動は大体２才頃から始まるといわれる。&lt;br /&gt;　しかし、それ以前からも主として親の言動を模倣する形で学習を開始している。以後は簡単な意思疎通と相手意思の理解ということを繰り返し行うことによって形成されていく。やがて幼稚園から学校というように集団生活を体験するにつれて、吸収する情報量も表現するチャンスも飛躍的に拡大する。さらに映画やマスメディア、読書などからの知識、学校での勉強を通じ平均して２０才頃までに言語能力が一応完成する。&lt;br /&gt;　日本で生活している限り「日本語」の環境が普遍的にあるのだから普通はあまり意識的な努力をしていないように感じるが、実は気が遠くなるように大変な学習活動と反復練習の末に日本語能力を身に着けているのである。言うまでも無くそれ以後も「日本語の勉強」は、果てしなく続く。&lt;br /&gt;　外国語の習得も、原理は全く同じでこの過程を行えばよいことになる。日本では特にそうだが、ごく稀に生まれた時から２つ以上の言語形成環境に恵まれているケースもある。　しかし、多くの場合母国語となる言語能力の基盤がある程度できてから外国語の学習をスタートするのが普通である。その国の事情や教育制度などによって少しずつ異なるが大体中学生頃から始め、さらに必要に応じてそれ以外の外国語（大学における第二外国語なども含む）にかかることになり、当たり前のことだがその間、当人は同時進行で心身が成長している。&lt;br /&gt;　ここで表題に戻るが、ゼロの状態つまり赤チャンに自分を戻すことが、まず「むずかしい」。特に、発音については人間の習性的な部分で、どうしてもそれまで身に着けた「慣れた」もので近似する傾向がある。その結果、正確な音韻体系が形成されないことが多い。&lt;br /&gt;　外国語能力の指標として、発音さえキレイで正確ならそれでよいということは無論ありえない。しかし、構成要素として語句,文法などは途中でいくらでも矯正が利くが、発音のような肉体的反射みたいなものは時間が経つほど直りにくく、ナマッタまま固定されがちなのである。&lt;br /&gt;　音声学や音韻論といった領域に深入りするつもりはないが、分りやすい簡単な例を挙げてみる。日本でいちばん身近な外国語は言うまでも無く英語だが、日本語の「はい」はなんと言いますかに対してＹｅｓ（イエス）、これはまあいい。&lt;br /&gt;　問題はその反対の「いいえ」である。英語の素養があまり無い、たいていの日本人はＮｏ（ノー）と答えるが、私がもし初歩学習者を指導する立場ならここでマッタをかけるところだ。音韻体系の相違というまでも無く、英語なら強いてカナ表示すれば「ノゥ」となる。難しく言えば二重母音ということになる。&lt;br /&gt;　ところが日本語の音韻体系にはこの区分は無く、短母音と長母音を区別するだけである。したがって英語のＮｏに対しては「ノゥ」とはならず長母音の「ノー」として認識、つまり置き換えているのである。&lt;br /&gt;　そしてこれは、日英両語それぞれの音韻の特徴といえる。では英語のＮｏの正確な発音が、日本語で「ノー」というより特別「むずかしい」のかというと、そんなことはない。&lt;br /&gt;　要するに「慣れていない」だけなのだ。結局、人間は「慣れた」ものは「やさしい」、「慣れない」ものを「むずかしい」と感じるわけである。&lt;br /&gt;　はじめに戻って、自分にとって異なる体系を持つ未知の分野である「外国語」を習得することは楽ではない。しかし、「むずかしい」・「やさしい」といってもそれは所詮比較の問題であり、オリンピックで金メダルを取るようなことは誰でもできる「やさしい」ことではないが、外国語学習は決して「むずかしい」ことでもない。なぜならアナタはすでに十分「日本語」ができるでしょ・・&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/22996866-114283043990879004?l=nishishitagaigo.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/feeds/114283043990879004/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=22996866&amp;postID=114283043990879004&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/22996866/posts/default/114283043990879004'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/22996866/posts/default/114283043990879004'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/2006/03/blog-post_20.html' title='外国語というもの：「やさしい」と「むずかしい」について'/><author><name>西下外語</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='16' src='http://russiaeigasha.fc2web.com/nishi/myp.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-22996866.post-114112220326083612</id><published>2006-02-28T19:22:00.000+09:00</published><updated>2006-03-07T17:44:42.856+09:00</updated><title type='text'>多言語外語教室 開講のご案内</title><content type='html'>「&lt;b&gt;外国語の学習指導します&lt;/b&gt;」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="right"&gt;西下外語教室&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;　早大卒業以来遍歴を重ね、去年の秋どこからとも無くもぐりこみ&lt;a href="http://www.saturn.dti.ne.jp/~rus-eiga/" target="_blank"&gt;当社&lt;/a&gt;に居候を決め込んでいる変わり者です。週３日出社し、海外映画作品のＤＶＤ化商品を製作しているロシア企業との連絡などを手伝っています。&lt;br /&gt;　風貌も去ることながら、とにかく言動を中心に常識的基準に当てはまらず、人生そのものが平均していません。一時期フェラーリを乗り回していたかと思うと、昨今は明日の糧を得ることもままならない有様です。&lt;br /&gt;　日ごろの言動にいたっては、ミュージシャンや芸能人そこのけのサカサコトバやギャグを連発して笑いを提供する一方、「春日通りから川越街道へでて……」などの表現に対して「それは違う。都道453号線から国道254号線だろ」とやって少々ヒンシュクを買ったりもします。トリノの冬季オリンピックでフィギュア・スケートの演技に使う曲名が、「幻想即興曲」というのが気に入らず、「違う、"ショパンの即興曲４番嬰ハ短調作品66"だ」とやれば愛嬌で済まされます。つまり、一種の「コリ症」なのです。&lt;br /&gt;　これが学術研究や一定のテーマ追求という方向へ向かうとある程度威力を発揮するわけで、外国語の習得という分野で若干の効果（？）が現れた（かな）。&lt;br /&gt;&lt;img src="http://russiaeigasha.fc2web.com/nishi/0.gif" border="0" /&gt;&lt;br /&gt;　ロシア語を始め、英語、フランス語、イタリア語、韓国語、中国語などのほか、珍しいところではスウェーデン語、グルジア語も攻め、最近では「モロッコ料理居酒屋」の主人と懇意になったのがキッカケでアラビア語を勉強し始めました。&lt;br /&gt;　教員というような資格は特に取得していませんが、日本で仕事をしながら生活している韓国のあるご婦人に、現在サイドビジネスで日本語を教えています。&lt;br /&gt;　個人教授に近い少人数でネイティブ・スピーカーが教える「○○留学」のような形態は珍しくなく、かなりの効果が期待できますが、「キメ細かく」という点ではある程度限界があるようです。その点こちらは「相手のレベルや進度に合わせる」ことが相当程度可能です。&lt;br /&gt;　たとえば、フランス語で「こんにちは」の「ボンジュール」（Bonjour)の発音をやらせると多くの場合うまくいきません。これを鼻母音だ舌背音だと通り一遍の説明や、万国音標文字（いわゆる発音記号）で書き、教える側も習う側もごまかして済ませ、先へ進みます。&lt;br /&gt;　日本語を母国語とする学習者の立場に立って、ある種のコツを伝授しつつ徹底的に指導したいと思っていいます。&lt;br /&gt;　&lt;a href="http://www.saturn.dti.ne.jp/~rus-eiga/" target="_blank"&gt;当社&lt;/a&gt;には、ホワイトボードつきのこじんまりとした絶好の教室向きのスペースがあります。とにかく、外国語学習に興味・関心のある方はお問い合わせのうえ、珍獣でも見物するつもりで一度当社を訪問してご相談ください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://form1.fc2.com/form/?id=91198"&gt;・→ &lt;b&gt;西下外語教室へのお問い合わせはコチラから&lt;/b&gt;&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/22996866-114112220326083612?l=nishishitagaigo.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/feeds/114112220326083612/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=22996866&amp;postID=114112220326083612&amp;isPopup=true' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/22996866/posts/default/114112220326083612'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/22996866/posts/default/114112220326083612'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://nishishitagaigo.blogspot.com/2006/02/blog-post.html' title='多言語外語教室 開講のご案内'/><author><name>西下外語</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='16' src='http://russiaeigasha.fc2web.com/nishi/myp.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry></feed>
